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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4641号 判決 1998年1月23日

①事件原告、②及び③事件被参加人(以下「原告」) 破産者株式会社a破産管財人弁護士 X

右訴訟代理人弁護士 野村茂樹

同 滝久男

同 山中尚邦

同 井上由理

同 藤田浩司

同 佐藤りか

同 大西正一郎

同 佃克彦

同 向美奈子

同 山崎雄一郎

同 伊藤律子

同 荒井俊行

①事件被告②及び③事件被参加人(以下「被告」) 株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 関沢正彦

②事件参加人 Z1管理組合法人

右代表者理事 B

右訴訟代理人弁護士 安福謙二

同 古瀬明徳

②事件参加人 Z2管理組合法人

右代表者理事 C

右訴訟代理人弁護士 高橋秀忠

右訴訟復代理人弁護士 松田浩明

主文

一  原告及び参加人らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用のうち、参加により生じた費用は各参加人の、その余の費用は、すべて原告の、各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、四七七一万二〇四七円並びに右金員のうち、別紙預金目録<省略>1から3までの預金(以下「預金1」等という)の各元本額欄記載の金員に対する各預入日欄記載の日の翌日から平成五年一〇月二五日まで各利率欄記載の割合による金員及び同月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  参加人Z1(Z1管理組合法人)

1  預金2の債権(元本額一六六八万八〇五五円)が同参加人に帰属することを確認する。

2  被告は、同参加人に対し、一六六八万八〇五五円及びこれに対する平成四年九月一九日から支払済みまで年二・六九五パーセントの割合による金員を支払え。

三  参加人Z2(Z2管理組合法人)

1  預金1の債権(元本額八九九万五五一六円)が同参加人に帰属することを確認する。

2  被告は、同参加人に対し、八九九万五五一六円及びこれに対する前同年二月二六日から支払済みまで年二・四パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、破産したマンションの管理会社の破産管財人が、三口の定期預金について、質権設定の無効を主張してその返還を求め(①事件)、破産会社の管理に係る二棟のマンションの区分所有者らの構成する管理組合法人が、右預金中各一口が各法人に帰属することの確認とその返還を求めた(②及び③事件)事案で、右三口の預金中二口は破産会社又は各参加人のいずれに帰属するか、右三口の預金についての質権設定契約の効力(公序良俗違反の有無、契約締結についての破産会社の取締役会の承認決議の有無)、被告の質権の実行による不当利得の成否、被告の質権の実行について民法四七八条の類推適用の可否、などが争点となった。

一  原告の請求の原因

1  株式会社aの破産

株式会社a(昭和五二年七月一日変更前の商号b管理株式会社。破産会社)は、平成四年一一月三〇日、当庁において破産宣告(当庁平成四年(フ)第三六四四号事件)を受け、原告がその破産管財人に選任された。

2  破産会社の定期預金契約

破産会社は、被告(東京駅前支店)との間で、別紙目録中各預入日欄記載の日(預金2及び3については、最終預入日)、自動書替継続の約定(利息元加継続)で、預金1から3までの定期預金を預け入れた。

3  払戻の請求

原告は、平成五年一〇月一八日ころ、被告に対し、預金1から3までを解約し、一週間以内に払い戻すよう催告した。

二  参加人Z1の参加請求の原因

1  預託金返還請求1

(一) Z1(Z1マンション)の区分所有者全員は、昭和五三年の右マンションの分譲開始以降、株式会社c土地開発(c社)から同マンションの区分所有権を取得するに際し、同社から提示された管理規約及び使用細則(あわせて管理規約)を承認して同マンションの管理団体を構成するとともに、管理規約により、破産会社を管理者と定めた。

(二) 右区分所有者らは右規約及び後記管理委託契約に従って被告(六本木支店)の破産会社名義の口座に管理費等として毎月一定額の金員を預託し、破産会社は、右金員から、管理費用等として支出し、又は報酬として受領した残額、修繕積立金、給湯設備積立金、給湯基本料等(平成四年八月三一日現在、合計七四一八万三四六三円(同日現在の資産合計額七五四〇万八四九三円から未収金一二二万五〇三〇円を控除した額)。以下、便宜「管理費剰余金等」という。)の一部を、右マンションの管理者としてする意思で、被告(東京駅前支店)に預金2として預け入れた。

2  預託金返還請求2

(一) 区分所有者らは、区分所有権を取得するに際し、破産会社との間で、会計、金銭出納、管理運営等の事務管理業務、清掃業務及び管理員派遣業務を委託する管理委託契約を締結し、区分所有者が破産会社に対して破産会社の指定する普通預金口座に管理費、修繕積立金及び給湯基本料を送金し、破産会社は送金された金員から管理員人件費、清掃費等を支払う業務を行うとともに、報酬を引いた残金を管理する会計業務を行うと合意した。

(二) 破産会社は、区分所有者ら又は管理団体のためにする意思で、被告(東京駅前支店)に預金2を預け入れた。

(三) 被告(東京駅前支店)担当者は、破産会社が右区分所有者又は管理団体のためにする意思で預金2を預け入れることを知っていたか、又は、預金2以外の破産会社の普通預金及び定期預金の口座の名義が後記の普通預金や預金3のように、「(破産会社)<省略>マンション口」等となっていたこと、並びに、破産会社がマンションの管理業務を主たる目的とする会社であること、被告がc社の分譲するマンションについてローンの提携をし、その管理規約、使用規則及び管理委託契約の内容を確認しており、破産会社が管理団体の管理者であり、管理費の収集等のために預金口座を開設して各区分所有者から送金を受けていたこと及び破産会社が右預金口座の金員をもって預金2を預け入れたこと、をいずれも知っており、破産会社が右区分所有者又は管理団体のためにする意思で右預金を預け入れたことを知らなかったことについて過失がある。

① 渋谷支店 普通預金<省略>(株)a d(「d」区分所有者送金分)

② 大宮支店 普通預金<省略>e管理組合管理代行 (株)a(「e」区分所有者送金分)

③ 大宮支店 普通預金<省略>(株)a f(「f」区分所有者送金分)

④ 小山支店 普通預金<省略>g管理組合管理代行 (株)a(「g」区分所有者送金分)

⑤ 品川駅前支店 普通預金<省略>h管理組合管理代行 (株)a(「h」区分所有者送金分)

⑥ 渋谷支店 普通預金<省略>i管理組合管理代行 (株)a(「i」区分所有者送金分)

3  権利の承継

区分所有者らは、平成四年一二月五日、管理団体を法人とする旨決議し、同五年一月一九日、その登記をし、これと共に、同参加人は、管理団体の合有していた債権を取得した。

4  不当利得返還請求

破産会社は、右管理団体から預かり保管中の金員により預金2を預け入れ、これにc社のために質権を設定して右金員を横領し、被告は、預金2が管理団体からの預り金によるもので、質権の設定が横領に当たることを知り、又は、前記2の(三)の各事情の下で重大な過失によりこれを知らず、質権を設定し、これを実行して横領にかかる金員をc社に対する債権の回収にあてた。

三  参加人Z2の参加請求の原因

1  預託金返還請求1

(一) Z2(Z2マンション)の区分所有者全員は、c社から同マンションの区分所有権を取得するに際し、同社から提示された管理規約及び使用細則(あわせて管理規約)を承認して同マンションの管理団体を構成するとともに、管理規約により、破産会社を管理者と定めた。

(二) 右区分所有者らは右規約及び後記管理委託契約に従い、株式会社住友銀行神田支店の破産会社名義の口座に管理費等として毎月一定額の金員を預託し、破産会社は、右金員から、管理費用等として支出し、又は報酬として受領した残額、修繕積立金、給湯基本料剰余金、給湯設備積立金、保証預り金等(平成三年八月三一日現在、合計五三五一万五一五九円)の一部を、右マンションの管理者である管理団体の機関としてする意思で、被告(東京駅前支店)に預金1を預け入れた。

2  預託金返還請求2

(一) 区分所有者らは、区分所有権を取得するに際し、破産会社との間で、会計、金銭出納、管理運営等の事務管理業務、清掃業務及び管理員派遣業務を委託する管理委託契約を締結し、区分所有者が破産会社に対して破産会社の指定する普通預金口座に管理費、修繕積立金及び給湯基本料を送金し、破産会社は送金された右金員から管理員人件費、清掃費等を支払う業務を行うとともに、報酬を引いた残金を管理する会計業務を行うと合意した。

(二) 破産会社は、右区分所有者ら又は管理団体のためにする意思で、被告(東京駅前支店)に預金1を預け入れた。

(三) 被告(東京駅前支店)担当者は、破産会社が右区分所有者又は管理団体のためにする意思で預金1を預け入れることを知っていたか、又は、右預金以外の破産会社の普通預金及び定期預金の口座の名義が前記(二2(三)参照)の普通預金や預金3のように、「(破産会社)<省略>マンション口」等となっていたこと、並びに、破産会社がマンションの管理業務を主たる目的とする会社であること、被告がc社の分譲するマンションについてローンの提携をし、その管理規約、使用規則及び管理委託契約の内容を確認しており、破産会社が管理団体の管理者であり、管理費の収集等のために預金口座を開設して各区分所有者から送金を受けていたこと、及び破産会社が右預金口座の金員をもって預金1を預け入れたこと、をいずれも知っており、破産会社が右区分所有者又は管理団体のためにする意思で右預金を預け入れたことを知らなかったことについて過失がある。

3  権利の承継

区分所有者らは、管理規約に基づき、平成四年一二月一八日、管理団体を法人とする旨決議し、同五年一月一八日、その登記をし、これと共に、同参加原告は、管理団体の合有していた債権を取得した。

四  請求の原因に対する被告の認否

1  原告の請求の原因(一参照)について

同記載一の各事実は、全て認める。

2  参加人Z1の参加請求の原因(二参照)について

(一) 同二1の事実中、破産会社が被告(東京駅前支店)に預金2を預け入れたことは認め、その余は、すべて知らない。

(二)(1) 同2(一)の事実は、知らない。

(2) 同(二)の事実中、破産会社が被告(東京駅前支店)に預金2を預け入れたことは認め、その余は、知らない。

(3) 同(三)の事実中、被告担当者において破産会社が預金2を区分所有者ら又はその管理団体のために預け入れる意思であったと知っていたこと、被告が各マンションの管理規約及び管理委託契約の内容を確認していたことは否認し、その余は、認める。

(三) 同3の事実は、知らない。

(四) 同4の事実中、預金2の金員が参加人Z1又は従前の管理団体からの預り金であること及び右金員が預り金であり横領になることを知っていたことは否認し、その余は、認める。

3  参加人Z2の参加請求の原因(三参照)について

(一)(1) 同記載三1の事実中、破産会社が被告(東京駅前支店)に預金1を預け入れたことは認め、その余は、知らない。

(二)(1) 同2(一)の事実は、知らない。

(2) 同(二)の事実中、破産会社が被告(東京駅前支店)に預金1を預け入れたことは認め、その余は、知らない。

(3) 同(三)の事実中、被告担当者において破産会社が預金1を区分所有者ら又はその管理団体のために預け入れる意思であったと知っていたこと、被告が各マンションの管理規約及び管理委託契約の内容を確認していたことは否認し、その余は認める。

(三) 同3の事実は、知らない。

五  参加請求の原因に対する原告の認否

1  参加人Z1の請求の原因(二参照)について

(一) 同記載二1(一)及び(二)の各事実は、認める。

破産会社がZ1の区分所有者又はその管理団体のためにする意思で預金したからといって、預金がただちに区分所有者又はその管理団体に帰属するわけではない。

(二) 同2(一)から(三)までの事実は、いずれも認める。

(三) 同3の事実は、知らない。

(四) 同4の事実は、認める。

2  参加人Z2の請求の原因(三参照)について

(一) 同記載三1(一)及び(二)の各事実は、認める。

破産会社がZ2の区分所有者又はその管理団体のためにする意思で預金したからといって、預金がただちに区分所有者又はその管理団体に帰属するわけではない。

(二) 同2(一)から(三)までの事実は、いずれも認める。

(三) 同3の事実は、知らない。

六  被告の抗弁

1  原告の請求に対して(質権の設定及び実行)

(一) 破産会社は、昭和五八年二月一四日、被告(東京駅前支店取扱い)との間で、c社の被告に対する一切の債務を担保するため、被告同支店の口座番号<省略>(八〇〇万円)、<省略>(六〇〇万円)、<省略>(六〇〇万円)、<省略>(五〇〇万円)、<省略>(五〇〇万円)の破産会社名義の各定期預金に質権を設定する旨合意した。

(二) 破産会社の被告(東京駅前支店取扱い)からの各決算期ごとの各定期預金の担保設定状況は別紙預金担保設定一覧表<省略>のとおりに推移した。

(三) 被告は、平成四年六月一〇日、c社に対し、同社から、支払期日同年九月一〇日、額面金額五〇〇〇万円の約束手形の振出交付を受け、手形貸付の方法により、五〇〇〇万円を貸し付けた。

(四) c社は、平成四年一一月二〇日、当庁において破産宣告を受けた(当庁平成四年(フ)第三四二二号事件)。

(五) 被告(東京駅前支店取扱い)は、同年一二月三日、破産会社に対し、銀行取引約定に基づき、前記質権の実行により、次のとおり、預金1から3までの返還請求債権(元利合計四七九一万三八六三円)を取り立て、c社の被告に対する右債務の弁済に充てた。

(1) 預金1の元金八九九万五五一六円及びこれに対する平成四年二月二五日から同年一一月二五日までの税(源泉所得税一五パーセント及び地方税五パーセント)引き後(以下、同じ)の利息一三万〇一二八円

(2) 預金2の元金一六六八万八〇五五円及びこれに対する平成四年九月一八日から同年一一月二五日までの税引き後の利息六万八〇一七円

(3) 預金3の元金二二〇二万八四七六円及びこれに対する平成四年一一月六日から同年一一月二五日までの税引き後の利息三六七一円

2  参加人らの請求に対して(民法四七八条類推―預金返還請求1に対して)

破産会社は、預金2又は同1について預金者としての外観を有し、被告は、破産会社が預金者ではないことを知らず、これについて過失なく、破産会社との間で預金2又は同1について質権設定契約を締結し、これを実行した。

七  被告の抗弁に対する認否、反論

1  原告ら

被告の抗弁記載六1の各事実は、いずれも認める。

2  参加人ら

同2の事実中、破産会社と預金1又は2の契約を締結するについて、被告において、破産会社が預金者ではないことを知らず、又はこれについて過失がなかったことは、否認する。

被告は、前記二2(三)(三2(三)も同じ)記載の事情の下、預金2又は1を預かり、これに質権設定契約を締結しており、破産会社が預金者でないことについて悪意があるか、又はこれを知らないことについて過失があった。

八  原告の再抗弁

1  取締役会の承認を欠く利益相反取引

(一) Bは、各質権設定契約が締結された当時(預金1につき平成四年二月二五日、同2につき同二年九月一八日、同3につき同四年三月九日)、破産会社の代表取締役であるとともに、c社の代表取締役でもあった。

(二) 破産会社と被告との間の質権設定契約は、破産会社の取締役会の承認を得ないか、又は右承認を得たとしても、預金1及び3については、破産会社の取締役五名(C、B、D、E、F)中三名(C、B、D)が出席したにとどまり、特別利害関係人Bを除くと、取締役会の定足数を欠くもので、無効である。

(三) 被告担当者は、左記経緯で質権設定契約を締結しており、質権の設定について破産会社の取締役会の承認を得ていないことを知っていた。

(1) 各質権設定についての破産会社の取締役会議事録はc社の従業員が作成したもので、被告(荻窪支店)は、昭和五一年ころから、c社と取引を行い、同支店行員は、c社の社屋に頻繁に出入りし、c社及び破産会社に対するBの影響力が大きいこと、破産会社の印鑑はc社が保管し、破産会社についての重要な契約書類は全てc社が作成していたことを熟知しており、破産会社から預金担保設定を受けるに際し、c社の従業員とのみ連絡をとり、書類の作成について助言し、同社従業員から、質権設定に関する契約書類、破産会社の取締役会議事録を受領した。

(2) 被告担当者は、商業登記簿謄本により、破産会社の取締役の員数及びBが両社の代表取締役を兼務している事実を容易に知ることができ、破産会社の取締役会の議事録により、特別利害関係人Bを除くと、取締役会の定足数を欠くことを知っていた。

2  公序良俗違反による本件預金担保設定の無効(預金1、2について)

(一) 本件定期預金の信託財産性

(1) 破産会社は、マンションの管理業務を目的とする会社で、c社が分譲したZ2、Z1などのマンションについて、区分所有者との間で管理委託契約を締結した。

(2) 右マンションの各区分所有者は、右契約に基づき、マンションの修繕、設備保守点検、清掃等業務、各種業者及び官公庁との連絡折衝業務、管理費及び修繕積立金の収集・保管業務・経理業務に充てるため、毎月一定額の管理費及び修繕積立金を、破産会社が各マンション毎に開設した破産会社名義の普通預金口座に送金した。

(3) 破産会社は、右預金のうち、修繕管理の剰余金及び修繕積立金について、各マンション毎に分けて管理運用するため、破産会社名義で各マンション毎の口座を開設し、被告(東京駅前支店)に預金1及び2の定期預金を預け入れた。

(4) 右のとおり、預金1及び2は、マンションの管理及び修繕を目的とし、受益者である各区分所有者の集合体としての管理組合のため、各区分所有者が破産会社に対して信託した財産である。

(二) 被告の悪意

被告は、預金1及び2の原資が破産会社の管理する各マンションの区分所有者らから徴収された管理費等であること、右各預金は当該マンションの管理、修繕、補修等に充てられることを目的とし、使途が限定されていることを認識しつつ、これに質権を設定した。

(三) 公序良俗違反

信託の受任者である破産会社が委託者である管理組合又は区分所有者らの承諾なくして信託財産である預金1又は2に質権を設定することは業務上横領罪に該当し、被告の担当者は、右各預金が信託された財産であることを認識しながら、質権を設定し、横領に加功したもので、右質権設定は、公序良俗に違反し、無効である。

九  再抗弁に対する被告の認否、反論

1  再抗弁1について

(一) 再抗弁記載八1(一)の事実は、知らない。

質権設定契約について破産会社を代表したのはCであり、Bはこれを行っておらず、自己取引には該当しない。

(二) 同(二)の事実は、知らない。

(三) 同(三)の事実は、否認する。

被告は、取締役会の承認がないことを知らず、取締役会の特別利害関係人の参加の有無、定足数等を調査すべき義務を負わない。

2  同2について

(一) 同記載2(一)の事実は知らず、同(二)の事実は、否認する。

(二) 破産会社と区分所有者は、マンションの管理を目的として契約を締結し、これに付随して区分所有者が管理費、修繕費用等を破産会社に支払うにすぎず、両者の間で金銭の信託契約が締結されたものではない。

一〇  被告の再々抗弁(再抗弁1について)―実質的利益相反の不存在

c社は右各預金について質権設定契約を締結した当時、破産会社の全株式を保有しており、破産会社がc社の債務を保証することは、利益相反取引にならない。

一一  再々抗弁に対する原告の認否、反論

再々抗弁記録一〇の事実は、否認する。

c社は、昭和五四年一二月一日、j株式会社(旧商号k不動産)に対し、破産会社の四万株の株式のうち一万八〇〇〇株(全株式の四五パーセント)を譲渡し、各質権設定及び保証契約の締結当時、全株式のうち二万二〇〇〇株(五五パーセント)を保有するにすぎなかった。

第三当裁判所の判断

一  破産会社の破産及び原告による預金の払戻請求

破産会社が、平成四年一一月三〇日、当庁において破産宣告(当庁平成四年(フ)第三六四四号事件)を受け、原告がその破産管財人に選任されたこと、被告(東京駅前支店)に、最終預入日を別紙預金目録中預入日欄記載の日として、自動書替継続の約定(利息元加継続)により、預金3を預け入れ、原告が、同五年一〇月一八日ころ、被告に対し、預金1から3までを解約し、一週間以内に払い戻すよう催告したことは、いずれも、原告と被告間に争いがなく、各参加人においても、明らかに争わないところである(預金3は、各参加人の参加の対象ではない。)。

二  預金1及び2の成立と帰属

1  区分所有者による管理費等の支払と破産会社による取扱い

(一) 破産会社は、マンションの管理業務を目的とする会社であり、主としてc社が建築、分譲したマンションについての管理業務を行っていた<証拠省略>。

(二) Z1及びZ2はいずれもc社が昭和五二年又は昭和五三年ころから分譲販売したマンションで、各マンションの区分所有者全員は、購入に際してc社から提示された管理規約を承認し、これにより、持分に応じて定められる管理費(規約上、管理要員の人件費、火災保険料その他の損害保険料、エレベーター設備その他の機械の定期保守費、動力費、清掃費、廊下灯、外灯の電力費や電球の取替費、共用部分の水道費、光熱費、給排水設備等の維持運営費、町内会費、管理委託報酬、その他共用部分の維持管理に要する費用に充てるものと定められている。)及び管理費の一割に相当する修繕積立金、一定額の給湯基本料及び管理者の計算に従い使用量に応じた料金を毎月管理者に支払い(給湯基本料のみ、翌月分を前払いする。)、建物の引渡時に管理費及び修繕積立金の三か月分に相当する金額を管理者に預け入れ、Z1については当初三年間、Z2については当初一年間、破産会社を管理者とし、集会決議により解任されない限り、右管理者の任期を継続すると定めた。また、各区分所有者らは、破産会社との間で、管理費、修繕積立金、保証預り金、給湯基本料等についての会計・金銭出納業務、建物の修繕業務、右規約に定められた業務、受付、清掃業務等のために管理員を派遣する業務などの委託を内容とする管理委託契約を締結し、これにより、破産会社は、管理費から、一五パーセントを報酬として受け取り、管理員人件費、清掃費、物品購入費、保守費用等を支払い、剰余金を管理費の不足に備えて管理預り金として積み立て、また、給湯基本料から燃料費、水道料、給湯設備の保守点検費用、管理手数料、給湯設備積立金等を控除した残額を給湯預り金として積み立て、保証預り金をもって任意に区分所有者が負う債務の弁済に当てることができると合意した。<証拠省略>

(三) Z1の区分所有者らは、右規約及び契約に基づき、右分譲に当たって破産会社の開設した被告六本木支店の破産会社名義の普通預金口座(口座番号<省略>)に管理費(平成三年九月当時、月額合計一二九万三九〇〇円)、修繕積立金(同月額合計一二万九四三〇円)及び給湯基本料(同月額合計三七万六〇〇〇円)を送金し、区分所有者らが破産会社に送金した金額(水道料金等を含む。)の累計と破産会社が支出した管理費用、改修工事費用、給湯設備の燃料費等及び支払を受けた報酬又は手数料の累計額との差額は、平成四年八月三一日現在、未収金一二二万五〇三〇円を控除すると、合計七四一八万三四六三円であった<証拠省略>。

(四) Z2の区分所有者らは、右規約及び契約に基づき、右分譲に当たって破産会社の開設した住友銀行神田支店の破産会社名義の普通預金口座(口座番号<省略>)に管理費(平成三年九月当時、月額合計一六九万〇六〇〇円)、修繕積立金(同月額合計一七万七三五〇円)及び給湯基本料(同月額約六七万円)を毎月まとめて送金し、区分所有者らが破産会社に送金した金額(水道料金や給湯設備積立金、保証預り金等を含む。)の累計と破産会社が支出した管理費用、改修工事費用、給湯設備の燃料費等及び支払を受けた報酬又は手数料累計額との差額は、平成三年八月三一日現在、未収金一〇二万七〇五四円を控除すると、合計五八四三万六一六七円であった(甲六、一七の各一から三まで、二〇)。

(五) 破産会社は、区分所有者らから各普通預金口座に送金された右管理費等の残高がある程度多額になると、適宜これを引き出し、被告や三井銀行等の銀行に破産会社名で定期預金として預け入れるなどし、年一回、管理組合ごとに決算書を作成し、右普通預金や定期預金の利息なども収入として含めて各管理組合の総会で収支決算の報告を行う一方、昭和六〇年ころまで、貸借対照表において右各預金を自社の流動資産として計上し、同六一年ころ右取扱いを止めたものの、別紙預金担保設定一覧表<省略>のとおり、自社の管理する他のマンションの管理剰余金とともに、被告に対し、自社の名義で定期預金として預け入れ、c社の被告に対する債務の担保とするため質権を設定した<証拠省略>。

2  普通預金債権の帰属

(一) 右認定の各事実によれば、破産会社は、Z1及びZ2の各管理組合の管理者の地位にあるとともに、区分所有者との管理委託契約上の受任者の地位にあり、各区分所有者から破産会社に支払われる管理費は、町内会費等ごく僅かの部分を除いて、破産会社の管理委託契約上の事務の遂行のために要する費用及び報酬の支払に充てるためのもので、破産会社は、管理委託契約(委任契約又は準委任契約)の事務処理に要する費用の前払として本件管理費を受け取っていたものと認められる。前払いされた費用は、委任事務が継続している間は返還を求めることができず、委任契約が終了し又は委任事務が終了して残額を生じた場合に、その残額の返還を請求できるもので、本件管理委託契約は、その性質上、月々の管理事務を終えたからといって、それだけでは委任事務が終了するものとはいえず、支払った管理費についての清算及び残金の支払を請求することはできないというべきである。

したがって、管理費は、破産会社が管理費等の支払を受けるために自社名義で開設した普通預金口座に送金された段階で破産会社に帰属するものというべきで、その剰余金は、破産会社が被告のために預かっていた金員とはいえず、参加人らは、破産会社の破産に伴い右管理委託契約が終了した(民法六五三条)ことにより、破産会社に対し、確定した清算金の返還請求権を有するに至ったにすぎない。

保証預り金も、区分所有者の管理費の弁済に当てることを予定された金員というべきであるから、右管理費と同様に解すべきである。

(二) これに対し、修繕積立金については、区分所有者らは管理委託契約上、修繕積立金を支払うべきものとされているものの、これを支出すべき場合については契約上何ら定められておらず、破産会社は、専ら管理者として修繕積立金の支払を受け、区分所有者のために保管するものと認められる(修繕積立金の対象となる修繕及びその費用の支払は、管理規約にも定めが見当たらず、管理組合の決定するところに従ってされるべきものと解される。)。

給湯基本料は、管理規約及び管理委託契約上、必ずしも使途が明らかでなく、前記認定のとおり、一部は給湯設備積立金として給湯施設の修繕管理のために剰余金とは別に積み立てられていることが窺われる。

(三) しかしなから、前記認定のとおり、区分所有者は、管理費、修繕積立金、給湯基本料等の区別なく一括して被告名義の普通預金口座に振込送金しているのであり、管理費が前記のとおり破産会社に帰属すべき金員であること及び管理費の全体の金額に占める割合に照らしても、管理費部分は勿論のこと、修繕積立金等の部分についても本件各マンションの区分所有者らが右口座に自己の預金とする意思で送金したと認めることはできず、かえって、破産会社に対する支払の意思で送金しているものと認められる。

したがって、破産会社が管理費等の振込を受けるために開設した普通預金の口座に管理費等が振り込まれた時点で、右金員に相当する部分の預金返還請求権も破産会社に帰属したものというべきで、右普通預金債権が区分所有者らに帰属することは、管理費部分についてはもちろんのこと、修繕積立金部分についてもありえないものと解すべきである。

3  預金1及び2の帰属

預金1及び2は、前記のとおり、マンションの区分所有者らが管理費等を送金した普通預金の口座の金員から、破産会社が自社の名義をもって被告東京駅前支店に預け入れたもので、右各普通預金債権が破産会社に帰属する以上、預金1及び2も破産会社に帰属することは明らかである。

三  参加人らの請求について

1  預託金返還請求1(参加人らの請求の原因二及び三の各1参照)

前項において判断したとおり、区分所有者らの支払った金員による普通預金が破産会社に帰属する以上、右普通預金から預け入れられた預金1及び2も破産会社に帰属すると解せざるを得ず、参加人らの請求は、失当である。

2  預託金返還請求2(同二及び三の各2参照)

(一) 破産会社は、決算書類上、従前、自社の管理するマンションの区分所有者から送金を受けた管理費等を預託した普通預金及び同預金口座の金員から預託した定期預金を自社の資産としていたのを、昭和六一年以降止め、その後になって、預金1及び2を預け入れている。

(二) しかしながら、区分所有者らの支払った金員による普通預金は破産会社に帰属し、右預金口座の金員から預金1及び2が破産会社名義をもって預け入れられたのであり、かかる事情の下においては、右の破産会社における帳簿上の取扱いのみで、破産会社が区分所有者らのためにする意思で預金1及び2を預け入れたと認めることはできない。そうである以上、被告(東京駅前支店)担当者において、破産会社が区分所有者らのためにする意思で各預金を預け入れたことを知り、又は知らなかったことに過失があるかどうかを問うまでもなく、参加人らの請求は、失当である。

3  参加人Z1の不当利得返還請求(同二4参照)について

先に判断したとおり、破産会社は、管理者として、区分所有者らから管理委託契約に基づき、その費用の前払い等として管理費や修繕積立金等の送金を破産会社名義の普通預金口座宛てに受け、右普通預金は破産会社に帰属し、その一部が定期預金された預金1及び2も区分所有者のためのものと認められない以上、これについて質権を設定することは、横領に当たるものではない。したがって、被告担当者による事情の知不知を問わず、被告が質権の実行によってc社の被告に対する債務の弁済に当てたことが法律上の原因を欠くとはいえず、参加人Z1の右請求も、失当である。

四  被告の抗弁及び原告の再抗弁について

1  被告による質権の設定とその実行

被告が各預金について質権を設定し、その実行により弁済を受けた事実(事案の概要六1の事実)は、当事者間に争いがない。

2  質権設定契約の締結に至る経緯

(一) Bは、昭和四二年ころc社が設立されて以来、同社の代表取締役を務めるとともに、昭和五〇年ころ、c社の分譲したマンションの管理を主目的として破産会社を設立し、昭和六一年ころ以降、破産に至るまでその代表取締役を務めていた<証拠省略>。

(二) Cは、昭和五八年一月ころ、Bの依頼により破産会社の代表取締役に就任したが、経営は専らBが行い、破産会社の業務執行には関与していなかった<証拠省略>。

(三) 平成元年当時、破産会社の取締役はB、C、G、Dの四名、監査役はHであったが、同二年五月二八日、Fが取締役に就任(同年六月四日登記)し、同三年二月一五日、Gが取締役を辞任(同年五月一〇日登記)し、同四年一一月まで、B、C、F、Dの四名が取締役であった<証拠省略>。

破産会社においては取締役会は開催されておらず、破産会社の登録印鑑及び銀行への届出印はc社の本社経理担当役員が管理しており、破産会社の印鑑が必要な場合には、破産会社従業員らがc社経理担当役員に捺印を依頼する扱いとなっていた<証拠省略>。

(四) Bは、昭和五八年二月ころ、c社が被告荻窪支店から約二億円の借入をするに際して追加の担保を求められ、c社の経理担当者であったIに対し、右担保として、破産会社が管理するマンションの管理費剰余金等を預け入れた定期預金について質権を設定するよう指示し、被告担当者から提示された議事録の書式に倣い、破産会社の取締役会議事録を作成させ、同支店との間で、同支店の破産会社名義の定期預金五口(口座番号<省略>、預金合計三〇〇〇万円)に被告に対する質権を設定する旨の契約を締結し、その後も、別紙預金担保設定一覧表<省略>のとおり、取扱支店を被告東京駅前支店に移し、破産会社の取締役会議事録をc社経理又は総務担当者に作成させるなどして、同支店担当者との間で、同支店の破産会社名義の定期預金に質権を設定する旨の契約を締結した。

被告担当者は、右各質権設定契約を締結するに当たり、右破産会社の商業登記簿謄本の交付を受け、c社の担当者から破産会社の取締役会議事録を受け取ったが、破産会社には直接問合せ等はしなかった。

右質権設定契約に関する取締役会議事録には、質権設定の承認決議につき、預金1については、平成四年二月二〇日、C、B、D及び監査役Hの出席を得て、預金2については平成三年二月二五日、C、G、D及び監査役Hの出席を得て、預金3については平成四年三月六日、C、B、D及び監査役Hの出席を得て、それぞれ満場一致で可決されたと記載されていたものの、右各取締役会が開催された事実はなかった。<証拠省略>

3  破産会社の取締役会の承認のない質権設定契約の効力

(一) 右認定事実によれば、Bは、自己が代表取締役を務めるc社の被告に対する債務を担保するため、預金1から3までに質権設定契約を締結したのであり、右契約は、商法二六五条一項に定める会社と取締役との利益が相反する取引に当たる。会社以外の第三者と会社代表者との間で行われた取締役と会社の利益の相反する取引は、取締役会の承認を得なければ、その効力を生じないが、右のような取引であっても、相手方が右承認がないことを知り、又はこれを知らない場合であっても、信義則上これを知っていたのと同視すべき重大な過失がある場合に限り、会社は第三者に対して無効を主張することができる。

(二) 本件において、前記認定のとおり、被告担当者は、破産会社から質権の設定を受けるに際し、c社の従業員とのみ連絡をとり、同社従業員から質権設定に関する契約書類を受領し、破産会社の取締役会議事録も同社従業員に提出を求め、その書類の作成形式について助言し、破産会社に問合せ等をしなかったものの、被告担当者が右質権設定契約について破産会社の取締役会の承認がなかったことを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、右認定の事実の下では、右承認がなかったことを知らなかったことについて被告担当者に重大な過失があると認めることもできない。

(三) もっとも、証人Iは破産会社の取締役会が開かれていなかったことを被告担当者に報告した旨証言しており、被告担当者の法廷における証言から見て、被告担当者において破産会社の取締役会の承認を得る目的を正解していたかどうか疑わしいこととも考えあわせると、あるいは、証人Iの供述するとおり、Iから被告担当者への右報告がされながら、右報告の含む意味の重大さを理解しなかったために見過ごしたのではないかとの疑いを拭えない。しかしながら、証人Iの供述に係る報告の時期及び相手方は曖昧であり、被告担当者が、破産会社の取締役会の議事録の提出を求めた趣旨自体を無視するに等しい事実の報告を受けながら、なお、質権設定契約を締結したとも考え難く、他に証拠がない以上、破産会社の取締役会の承認がなかったことについて、被告担当者がこれを知っていたか、又は知らなかったことについて重大な過失があったことを認めるには足りない。

(四) また、前記認定のとおり、預金1及び3についての各質権設定の承認決議当時、破産会社の取締役は、C、B、D、Fの四名であり、右決議のされた取締役会の議事録には、C、B、Dの三名が出席したと記録され、特別利害関係人Bは右決議の関係では取締役の数に算入されず、取締役三名中二名が出席して承認決議をしたとの記載がされている以上、被告担当者において、承認決議が定足数に欠け、その効力を生じないと知っており、又はそれを知らないことに重大な過失があると認めることもできず、ひいては、右質権設定が破産会社の取締役会の承認のないままにされたことを知っていたか、又はこれを知らなかったことに重過失があると認めることはできない。

4  質権設定契約の公序良俗違反による無効の主張について

前記認定のとおり、区分所有者は管理委託契約(委任又は準委任)に基づき、その費用の前払い等として破産会社に管理費等を破産会社名義の普通預金口座に送金し、右金員は、右送金とともに破産会社に帰属するのであり、破産会社において同口座の金員を定期預金として預け入れることが横領に当たるものでないことも明らかで、被告担当者が横領に当たることを知るかどうかを問うまでもなく、原告の右主張は失当である。

五  結論

以上のとおり、原告及び参加人らの請求は、いずれも理由がなく、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 柴﨑哲夫 森倫洋)

<以下省略>

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